ちょっと前に買ったTシャツを着てみたら、思いのほか透けていました。
鏡の前に立って確認してみると、妙に胸の辺りが気になります。自意識過剰かもしれませんが、なんとなく落ち着きません。
これではいけないと思い、先日またTシャツを買いに行くことにしました。気に入ったものは割とすんなり見つかりましたが、どうもまた生地が薄いように思えて、さらに色が白なので危険な予感がぷんぷんします。”絶対に同じ失敗は許されない!”とばかりに吟味していると、
「Tシャツですか?」
と背後から声をかけられ、振り向くと中年女性の店員がいました。
今迷っている理由を正直に話した方がいいのか少し迷いましたが、若い女性店員に比べたら切り出しやすいかなと考え、
「前に買ったTシャツが薄くて透けていたので、このTシャツも胸の辺りが透けてしまわないか心配なんです」
と思い切って相談してみました。
彼女は生地を触ったり、手を入れて外から見たりしていましたが、
「まっ、とりあえず着てみたら?」
と提案してきました。
ぼくはTシャツは試着絶対NGの存在だと思っていたので、試着するという発想が全くありませんでした。夏の日に試着されたTシャツなんて、四捨五入したら新品ではないように思います。
「でもTシャツの試着って汗の問題もあるし、まずくないですか?」
と異論を唱えてみたのですが、
「あっそれは大丈夫、何の問題もないわ」
と、強引に試着室に連れて行かれてしまいました。
中に入るとそのTシャツを渡され、ニッコリ笑ってカーテンを閉められましたが、一緒に入ってきそうなほどの勢いだったので、とりあえずはホッとしました。
しかし安心も束の間、やはり試着して汗がついてしまったら買わずには帰れないよねと心配になってきました。
試着はやめておこうかな?と思いかけましたが、この状況で試着しないと今度こそ彼女が入ってきて、無理矢理に着せ替えさせられるかもしれません。
「やむなし」
と覚悟を決め、試着することにしました。
まず服を脱ぎ、ハンカチで脇を中心に丁寧に汗を拭きました。続いて背中も乾布摩擦のようにしてきれいにすると、いよいよTシャツに袖を通す時が来ました。
はたしてその透過性は?
「微妙だ」
というのが、鏡の中の自分を見た率直な印象でした。
普通より透けているようにも感じましたが、今の自分がかなり神経質になっていることも分かっていました。
そのため、それが一般的には許容範囲内なのかどうかすら、もはや自分では判断できなくなっていたのです。そんな風にして立ちつくしていたところ、
「どうですか?」
と外から声がしたのでカーテンを開くと、彼女がいました。
彼女の視線がぼくの胸の辺りに集中的に注がれると、クイズ$ミリオネアのような緊迫した時間が流れました。口がかすかに渇き、背中にうっすらと汗が浮かんできているのが分かりました。
彼女は視線をぼくの目の方にゆっくり移すと口を開き、
「見えますね」
とニヤッと笑いました。
さらに続けて、
「でも私は、見えてる方が好きよ」
と小悪魔のように笑いながら言いました。
ちなみに今ぼくはそのTシャツを着て、これを書いています。
支払いの時に彼女は、
「恥ずかしかったら、絆創膏でも貼っておけばいいのよ」
と言いました。
「毛があるから、はがす時に痛いからやめておくよ」
と答えると、グヒヒヒ・・・と実に下品に笑っていました。
そして、その後日談です。
友人から、足に小さな傷があるんだけど絆創膏がある?と訊かれました。彼はソックスをはいていたので傷は確認できませんでしたが、たまたま持っていたのであげることになりました。
すると、
「念のため2つもらえる?」
と彼が希望したので、2つ渡しました。
それ以来Tシャツ姿の彼に会うと、変な想像をしてしまいます。
今後ともよろしくお願いします。
P.S. やっぱりぼくは、Tシャツの試着には反対です。