幸いにも腰痛にはまだ無縁ですが、先日ついに首をやってしまいました。
それはある水曜日の夕方のことでした。立ち読みでもと思いコンビニに入ると、雑誌コーナーの前は人・人・人で完全に壁が出来ていました。思わずガッカリして下を向いた時、立ち読みする人々の脚のすき間からお目当ての雑誌を発見してしまったのが運のつきでした。ラッキー！とばかりにしゃがんで手を伸ばし雑誌をつかんで立ち上がった時、「ビリッ」と首に電流のような衝撃が走りました。まさか首の奥の血管でも切れたのでは？と心配になるような、これまでに経験したことのない感覚に言い知れぬ不安に襲われました。しかし、しばらく経つと何も感じなくなり、別に痛みもなかったのでそのまま立ち読みを敢行して帰りました。
そして翌朝。起きてから眠気覚ましに首を動かすと、左に向けた際に首に激痛が走りました。おかげで見事に目は覚め、ついでに昨日の夕方に首がビリッとした記憶も甦ってきました。恐る恐る首をゆっくり回してみると、左に向けなければ何とかなりそうです。やれやれと少しホッとしたものの、念のため痛み止めを飲んでおくことにしました。粉薬しかなかったので服用のために上を向くと、今世紀最大級の痛みのお出ましとなりました。どうやら首の伸展は無理のようであり、痛いのに薬は飲めないというジレンマに陥ってしまいました。こんな時には古典的ですが、
「痛いの痛いの飛んでけ～」
と唱えるしかありません。その後は自然経過かもしれませんが、数日で首の症状からは解放されました。
それから約1週間の時が平和に流れて首の一件もすっかり忘却の彼方になった頃、とあるコンサートで倉敷市民会館に出かけてきました。実は同じ人のコンサートには前回の時にも参加していて、その時にはなかなかの修羅場がありました。開演前に会場内をほっつき歩いていると、
「小野先生」
と声をかけられました。声の方を見ると、中肉中背で凡庸な中年の男性がニヤニヤしながらこちらを見ています。
「だっ、誰？」
顔は分かるけど名前が思い出せないとかいう生半可なレベルではなく、どこの誰だかさっぱり見当もつきません。とりあえず、脳内名簿を大至急で検索することにしました。しかし時間も限られているので、ある程度は範囲を絞らねばなりません。ぼくを先生と呼んでいることからは、仕事上での知り合いの可能性が高いです。ということは医療関係者か、患者さんか・・・
「よし！」
と覚悟を決めて患者さんの方の名簿で検索を開始しました。しかし・・・
なかなか目の前の中肉中背中年のニヤニヤ男にはヒットしません。引き続き医療関係者の方の名簿で検索するかどうか迷いましたが、
「すみません、お名前が分かりません」
と潔く謝ることにしました。すると彼は、
「もう冷たいな～、Eですよ」
と別に怒るわけでもなく自己紹介してくれました。
E！
その瞬間、全ての謎が氷解し、ようやく顔と名前が一致しました。彼は思いっきり医療関係者で、かつて同僚だった耳鼻科の先生です。
「あっごめん、鼓膜破っちゃった」
というセリフが日本一似合う、人間国宝級のやぶ医者でした・・・
同じ病院に勤務していた頃、愛車ボルボを運転する彼に
「いいっすねえ～」
と感想を述べたところ、
「よくないよ」
とやや不機嫌に返されました。
「学生時代に親に買ってもらってた時の方が、カタログの前の方のに乗ってたからな。あっこれ笑うところな。ちなみにボルボのカタログは高いのから始まるからな」
と彼は言うと、カタログの前の方ではないというボルボで走り去っていきました。当時は開業医ジュニアあるあるを解説付きで聞かされ、嫌な気分になったものでした。というわけで、今回のコンサートではE先生には会いたくないな～と思っていたのですが、ライブ終了後に
「小野先生」
とぼくを呼ぶ人がいます。声の方を向くと、中肉中背中年のやぶ医者がニヤニヤと笑っていました。
「あっどうもE先生」
と今回はすぐに返答し、しばし歓談していました。
「いや～実は1列目だったんだ」
と彼が自慢げに話したので
「いいっすねえ～」
と羨ましがったところ、
「よくないよ」
とやや不機嫌に返されました。
「ずっと見上げていたから、首が痛くなった」
ぼくはまた嫌な気分になりましたが、痛いの痛いの飛んでけ～がはるばるとこんなところにやって来ていたことに驚いてしまいました。
今後ともよろしくお願いします。